自家中毒

たわごと置場。感想及び記録

ヘンリー八世

彩の国シェイクスピア劇場の「ヘンリー八世」がとても好みだったので覚書きしときます。

※がっつりネタバレしてますのでご注意を

 

シェイクスピアを戯曲で読むと、場面が変わった途端に人物の心情や立場が唐突なくらいがらりと変節していることがあって、経過や因果関係をすっとばされたこっちは置き去り感に困惑したりもしてしまう。
今回の演出は吉田鋼太郎氏なんですけど、割と納得がいく演出になっててすんなり観れました。
さすが、ただのラブするおっさんだったり、爆発四散する(予定の)武将じゃない。

で、そのポイントの一つがトマス・クロムウェルくんの配置かなと。
彼の存在によって幕開けから閉幕まで繋がる一本の筋がより強く感じられた気がします。
クロムウェルといっても、よく出てくる清教徒革命とか王殺しとかじゃない方。
後々、ヘンリー八世の元で実権握って宗教改革したり修道院潰したりしていく人。(どちらの人もやってることの字面がひどかった)

戯曲上は、2幕からだけ名前が出てくるサブキャラ。
彩の国版は、最初からウルジー枢機卿の秘書官としてつねに付き従って登場。
戯曲上は別役が充てられているところでも、ウルジー側近のお仕事は全部クロムウェルに変更。
実際クロムウェルがウルジーの事務官やってたことに則ってるので納得。
なにより、ウルジークロムウェルコンビが可愛くてとても良い。二人して貴族諸卿の前で白々しい芝居してみせたりするのが悪かわいい。
で、戯曲だと唐突だったウルジーの失脚にクロムウェルくんが積極的に関与しているという演出になっていて。
すっとばされていた因果関係が埋められている。理由付けがなされている!まずこれがとても良い。
1幕ラスト。セリフはなく行動と間で明示されるあの一連の場面ドキドキしてしまうよね。
ああ、クロムウェルの造形そうくるのか~~!とワクワクしちゃったよね。
だってこの後クロムウェルくん、王の腹心になるんですよ。上り詰めるんですよ。実権握るんですよ。野心家なんですよ。
自分の出世のために上司を陥れるんですよ!最高。
実際、舞台上の彼は当初から諸々の事態を俯瞰的に冷静に見つめている。その奥で計略が渦巻いているんだろうなという鋭い視線で。
同時に、こちらのクロムウェルくん、ぽってりした唇と張りのある足腰がとても良いのです。(セクハラ発言)
見た目や忠勤さからくる愛らしさと、有能な切れ者なんだろうことを匂わせる怜悧さが同居しているので説得力がとてもある。
ウルジーに愛でられるのも、この後権力握るのも、さもありなん。
(メガネ+ロング一つ結び+前髪はらりなビジュアルに側近キャラってよく考えたら乙女ゲーレベルのチートやないか)

2幕でウルジー失脚後。
手に入れたものを全部取り上げられるという失墜ぷりを衣服を剥ぎ取るという物理的演出で描くんだけど、ウルジーぼっこぼこ。
やられる吉田鋼太郎が絶妙に笑いを誘うように演じているから観ていられるけど、かなり痛々しい場面。

その後。涙を流すクロムウェルと話していて、はたと気付くウルジー
『あの文書を王へ渡す書類に紛れ込ませた人物って、俺の私室に入れる&王に書類渡せるという両条件を満たすクロムウェルじゃね??』と。
そこからの忠告タイムがね、もうね。シェイクスピアあるある未来の予言ちっくになっている。
といって、ウルジークロムウェルを責めたてることもなく。
転落したことで憑物が落ちたようにクロムウェルの裏切りさえ赦したのかもしれない。クロムウェルにかつての自分と今の自分が映ったのかもしれない。
(ちなみに初回に観たときは、ウルジークロムウェルの所業に気づいたように受け取れなかったんですよね。純粋に自分を嘆き部下を心配しているように見えてしまった)
一方のクロムウェル、上司の失脚を心から悲しんでいるわけもなく。大げさな悲嘆と涙。といってまるっと心無い振る舞いというわけでもなさそうなんですよね。自らが追いやった男に本気で憐れみさえ持っていそうで。(この辺は観る人の受け取り方によりますかね)

で、クロムウェルくん(時間軸の都合上もあり)あっという間に出世して枢密院の一員にもなる訳ですが。
なにより、ラストシーンが不穏でとても良い。
エリザベス誕生を皆が祝福する華やかで晴れやかなシーンなんだけど。(私めもロンドン市民になりきって客席で旗を全力で振って参りました)
アン・ブリン、ヘンリー王、赤子エリザベスの三人のすぐ後ろにクロムウェルくんいるんだよ・・・
やがてアン・ブリンを追い落とす男が。
まあ、その後クロムウェルもしくじって処刑されちゃうけど。
キャサリンとの離婚に太鼓判を押したクランマーだって、キャサリンの娘のメアリによって処刑されるし。
じゃあ王はどうかというと、あれ程こだわった男子世継ぎは早世し、まさに祝福されている娘の代でチューダーの直系血統は終わってしまうわけだ。
作中に転落が描かれるバッキンガム、ウルジーのみならずみんながみんな栄枯盛衰。イングランド平家物語かってくらい栄枯盛衰。
結局、「ヘンリー八世」ってヘンリー王の周囲で巻き起こる権力の取り合いっこのお話とも取れるので、この漂う虚無にもゾクゾクしちゃったよね。
(逆に言えば、王という地位はもう権威を争わなくて良いくらいに絶対化されているわけで。フランクに王位簒奪が描かれていた「リチャード三世」までの時代とは異なる絶対王権ができている。それがチューダー朝か…)
なお、真ん中でデーンとしてる阿部寛ヘンリー王は、駄々っ子みたいな内容も小難しい理屈つけてあの重厚な喋りで聞かされるうちに「お、おう…」と頷かざるを得なくなってくるのでなんか凄いです。

といわけで、トマス・クロムウェルくんがとても良いぞ、っていう感想文でした。
あくまで戯曲上にある台詞を応酬させながら、表情や動作や間や照明や音楽で言外のことを語るのって良いですよね。
まさに演出の腕の見せ所。
かつ、戯曲はやはり身体性が伴ってこそより魅力的になるのだと実感。
彩の国シェイクスピア劇場初めて来たけど、足をのばした甲斐がありとても満足です。

その他覚書。
・19世紀末のような衣装。礼服寄りの背広。サフォーク伯とサリー伯は武官調。
両脇が階段状になった舞台セットに高位高官達が立ち並んでいると英国議会ぽさも出る。
・舞台セット上部はパイプオルガンのような大聖堂のような。
・音楽! めっさ素敵だった。生演奏。サミエル氏。劇場でも自作楽器だったのかな。 
https://samielu.com/