自家中毒

たわごと置場。感想及び記録

「8人の女たち」へのもやもや

サンシャイン劇場

 

※当然のようにネタバレありです

 

まず、演者さん達は全員とても良かった。
そのキャラの立ち位置・在り方を完璧なまでに把握して的確に演じてらっしゃって、さすが!!でした。

なので、完全に脚本と演出意図に「ん""~~」というところがあっただけなんですが。
備忘録として書いときます。

それぞれの秘密や欲望がどんどん暴かれていく……っていう構成は王道だしスリリングでいいんですけど、その秘密の中身がちょっと興ざめしちゃう類のものなんですよね。
女たちが置かれた立場が、家父長制が幅をきかせている時代と階級の中にあるというところは物語の背景として全然いい。
ただ、そこでの女たちの描き方が陳腐になってしまっている感じ。
彼女らは基本的に、中心に男ありきの思考と行動しかしていない。
奔放とされるピエレットさえ、男ありきな生き方をしてる。

「権威であるはずの男。それに従うべきである女たちが心の中ではベロを出していたんですよ!」って痛快かつメタで風刺的な描き方ではなくて、
「男がないと生きていけない女たちが男との関係性を巡って内輪で揉めて暴き合いしてますよ~」って笑いものにしているような描き方じゃない??
まあ、男性が書いた脚本だし、1960年代が初演のようなので、仕方ないと言えば仕方ないのでしょうけども、だからこそ、その辺は演出でどうにかして欲しかった……
”偉大なる男性様”の不在が招いた女たちのドロドロした争い、面白いでしょwっていう意地悪な出し物を目の当たりにしてしまった座り心地の悪さ。

「ヒステリックなオールドミスが手近な唯一の男にお熱」とか、いかにも男目線のステレオタイプすぎてツライ。
なぜか近親相姦レベルでパパを大好きな十代の若い娘、ってのも男の幻想もしくは願望って感じでちょっと気持ち悪い。
(しかもエピソードの中の一つとしてじゃなくて、謎解きで大きな要素を占めてるのがまた……)

結末の自殺も、ナイーブに描きすぎてない??って納得できなかった。

シニカルなコメディのつもりだとしても、もはやあんまり笑えない。
この芝居を今の時代でやる意味合いはあるの??とか考えちゃう。
折角豪華な出演陣なのに、内容にノイズを感じちゃって勿体なかったなという舞台でした。

 

「真実」を暴くことが美談にされがちだったりするけど、人間関係においては、嘘も本音も暴く必要なんてこれっぽっちもないんだよね。穏やかな関係性でいるために、醜い部分は隠しておくに越したことはないんですよ。それはもはや気遣いとか努力とも呼べるもの。

てことで、このお話は思春期ならではの潔癖さが呼んだ悲劇とも言えるのかも。

花バウ・POR ぶっささりポイント

花組「PRINCE OF ROSES -王冠に導かれし男-」


初回放送に向けてテンション上がりすぎたので、リチャード三世オタな自分がぶっ刺さった、作中での優波くんリチャードのポイント列挙しときます。
※ネタバレがっつりしてます

 

 

 

オッドアイ+左右非対称メイク
たぶん、リチャード三世といえば、な歪さの表現の一つなんじゃなかろうか。
美しく歪さ表現してくれるの、めっちゃ宝塚! 最高。
一目見ただけで明らかな異形感・異質感も意図されてるんだろうか。
立ち方はちょい傾ぎ気味、歩き方も変則的にしている気がする。初見時、細かい作り込みに感動したよね。

・指輪じゃらじゃら+手先での表現を敢えて豊かにしてある
常に何かに苛立っている感じや傲慢な感じがもうめっちゃリチャード。

・三度目の正直ピンスポ
テンションだだ上がりシーン。

・からの、悪役ソング熱唱
ノリノリな野心家悪役からしか摂取できない栄養素がある。

・「でももしも誰も従わなかったら……?」
な、涙が……!!(収録対象の千秋楽の時は流れていなかった気もする)
悲哀。悲痛。悲壮。

・タッグ組めたら最強そうな、気丈で賢くて美しい妻
でも永遠にタッグ組めなさそうな夫婦の関係性。
だって膝枕をねだれるのは夢(?)の中でだけ……

・忠実ケイツビー
リチャード、君ホントそういうとこだよ?って言いたくなる、終盤におけるケイツビーへの態度よ。
峰果とわくんのケイツビーもめっちゃいい。

・一騎打ちの時、ちゃんと強い
一人でめっちゃ頑張る。
地面の土を拾って顔に投げつけるっている典型的ムーブかましてくるのも最高。
みっともなく勝ちにこだわってこそですよ!

・フィナーレ
え、金髪メッシュなんですか。この公演用にその髪型にされたってことなんですよね。
解釈一致ですありがとうございます。

・デュエダンに漂う物語性
ちょい役を引き摺りつつ踊るのがめっちゃ良い。キレキレだしキラキラしておる……
群舞ではりりかさんとアダルティかつちょい腹の探り合いな感じ。兄嫁~
Wデュエダンでは美羽 愛ちゃんと本編では見られないラブい感じ。夫婦~

・カーテンコール時の笑顔
リチャード様、にこにこしてるうううう

・まとめ
ヘンリー7世を主役に据えた薔薇戦争の物語ということで。
主人公ヘンリーが
【善/白/勝者/ヒーロー/人望あり/誠実/正攻法】
という属性で描かれるので、必然的にリチャードは
【悪/黒/敗者/敵/孤独/不信/謀略】
という役割での配置になるわけですが、それをばっちりがっつり体現されてるんですよね~~
じゃないとヘンリーをちゃんとヒーローにできないもんね。
かつ、ただの薄っぺらな「やっつけられるべき悪者」にもなってない。
まじでこの作品におけるリチャード三世像として、百点満点中一億点叩き出してる。

ヘンリーが周囲からの期待に応えるために王座を目指す(自分からはあんまり動かない系主人公)のに対して、
リチャードは『自分のため』に王座も目指すし、戦いに赴きもする。
そういうキャラ造形の時点で、リチャードが個人的好みすぎました。
マジありがとうございます。

すぐさま あなたの思うさま 真っ逆さま

東京芸術劇場真夏の夜の夢
シルヴィウ・プルカレーテ演出。野田秀樹潤色。

つらつら特にまとまりもなく雑感。見当違いと言われようと、受け取り方は人の数だけということでご愛敬。

真夏の夜の夢」というお話に介入するメフィストフェレス
シェイクスピアの作品に介入する野田秀樹

メフィストは演出家もしくはトリックスターとして、物語の外側から、出入り業者達をそしてお話全体をコントロールしようとする。
(途中オーベロンの仮装をしたメフィストはとてもマエストロっぽくも見える)
ところが、そぼろに語られることによって、途端に物語の枠組みの中に取り込まれ登場人物となってしまう。
メフィストは涙を流しました」
そう語られたら、涙を流すしかない。
最後は悪魔は負けてしまうのが物語の常。

メフィスト自身が語る。「見えないものを見せるのが芝居だろう」
物語ることで、演じられることで、無いものは具現化する。
恋も言葉で語られるうちにどんどんその気になっていく。
物語られたことで具現化した夢または狂気によって現実は浸食されていく。
どこまでが虚でどこからが実か境界が曖昧になってしまう。
氷屋曰く、「役者が狂気にはしれば本物だ」

真夏の夜の夢という舞台を観ていたのか、壮大な劇中劇を観ていたのか、そぼろの体験を見ていたのか、メタ構造でメビウスの輪みたいな終わり方。
芝居も恋もうたかたの夢。
気のせいかもしれないけれど、ないはずのものを「ある」と我々は確かに見せられた。
発せられず、うち捨てられているけれど、物語ること・芝居をつくること・演じることは、途方もない力を持っている。
そう主張しているように感じたのはこのご時世だからかもしれないけれど。

 

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駒ちゃん問題について


駒ちゃん問題、要するに、都合のいい架空キャラの扱い問題。

大河ドラマ麒麟がくる」における駒ちゃん、ヒロイン枠かと思います。
当初は主人公・十兵衛に想いを寄せるキャラとして、また十兵衛パパとの繋がりを匂わせるキャラとして在りました。
ところが、あれよあれよという間に、今川の軍師・後の秀吉・後の家康・時の関白・後の十五代将軍、と歴史を知る視聴者からすれば錚々たるメンツと次々と出会っていく。
なんならちょっと好意も向けられていました。(勝手ながらこれを「ヒロイン補正」と呼んでおります)
しかも、東庵先生やら伊呂波太夫やらに振り回され出向いた先で偶然に、という出会い方です。

 

……いくらなんでもご都合展開すぎるでしょ。
と感じてしまったらもうだめ。視聴者にその違和感を抱かせてしまう時点で悪手ではないでしょうか。(私だけだったらごめんやで)

たとえ十兵衛本人と出会わなくとも、自由に動けるヒロインを後々重要となってくるキャラたちにぶつける。
そうして、各キャラの人となりを描き出して深みを出そうという作法上の心遣いなのかもしれません。
ただ、それってちょっと安易かつ古くさい手法になってしまったとも思います。

 

今のところ、駒ちゃんは重要キャラを描写するための便利な道具としての存在でしかないようです。
物語の都合で色々な場所に出没せざるをえず、作劇都合が優先されるため、彼女自身の意志や人物像はいつまでも視聴者に伝わらない。
いつまでたっても健気でピュアな(悪く言えば鈍感な)人物としてあり続けさせられている。
様々な人物や価値観を間近で目にしてきたことで彼女自身の物語も動き出す、という気配もまだなさそうです。
あるのは、当初から口にしている「麒麟のくるような平和な世界になるといいなあ」というふわっとした願いだけ。
(たとえば「真田丸」の架空ヒロインたるきりちゃんは、都合良く事件現場に居合わせたりもするけれど、彼女自身の意志と選択ゆえそうなった、という必然性がありました)
もしかしたら、最近やたらと描かれている「丸薬づくり」というエピソードが、彼女自身の人物像、ひいてはなんらかの伏線として組み上がっていくのかもしれません。
しかしよっぽどがっつり十兵衛の物語に絡んでこないと、「このシーン、いる?」と視聴者に思わせてしまいかねない気もします。
余談ですが、がっつり絡む場合、悲劇を呼ぶ可能性が高いのも怖いところです。
信長勢と寺社勢の争いにて、丸薬のせいでやたらに強い寺社の戦闘員たち。疲労がポン!
とうとう彼らの強さの秘密を掴む信長。丸薬供給源を絶つことを命じられた光秀は、巨大となった丸薬供給組織の中で駒と再会する。みたいな……(妄想)
いや、それさえ、光秀の悲劇性を強調するための便利な道具立てになってしまいそうですが……

以上、歴史もので架空キャラを創造する場合、ご都合キャラにならないようにするのって大変だよね、という感慨でした。
ぜひ駒ちゃんも、実在キャラの引き立たせ役以上の存在になってくれたらいいなあと思っています。

※ちなみに伊呂波太夫も色々なところに出没し便利に色々調達していますが、彼女はそもそもそういう生業という設定なので、いつどこにいようと「情報と商機に聡い人だから」で多少無茶でも納得できるんですよね。

ヒースロー空港で怒られた思い出

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空港にて

2週間の英国旅行も終わりをむかえようとしていた。
心地よい疲れと寂しさを胸に帰国便の座席に身を沈めながら、安堵の方が大きかったかもしれない。
離陸時刻も近づいた頃、暢気に雑誌をめくっていた私は、名指しで機内呼び出しを受けた。
おやおや書類不備でもあったかなと立ち上がり、CAさんへと名乗りでる。
CAさんは笑顔で、つい先ほど通ってきたばかりの搭乗口の方へと案内してくれた。
こんなこと初めてだわ~何かな~とちょっとワクワクすらしていた。
が、そんな浮ついた気持ちは搭乗口に接続するトンネルに出たところできれいさっぱり消え去った。
そこにいたのは自動小銃を手にした屈強なお兄さん二人と、タイトな制服を着たお怒りモードのマダム。地面に無造作に転がされている預けたはずのマイトランク。
あ、これ書類不備じゃねえな。
否が応でも察する。
同行してくれたCAさんに助けを求めて視線を送るも、おねーさんは深刻そうに立っているだけ。ジーザス。
マダムは一枚のレントゲン写真を突き付けてくる。トランクの中身を写し出したものだ。
白黒の写真には、ばっちりくっきっり銃の形をしたものが写りこんでいた。
そんなことある?ってくらい、コントかよってくらい、あからさまに銃だった。
うわ、これはアカン。アウトなやつ。
一気に汗が噴き出た。誰がどう見ても日本への銃の不法持ち込みだ。
やり口が堂々としすぎてるけど、しでかさない人間がゼロとは言えないもんな。
マダムは問う。「これはなに!?」
(以下英語での会話をとんちきヒアリングで紐解いたニュアンスでお伝えします)
下手したら乗機拒否、罰金、勾留……一瞬で駆け巡る嫌な未来。
や、ちが、それは、ちがくて、とパニックになりつつも瞬時にぎゅるると脳は回転し一つの単語を導き出す。
「ディスイズ、イミテーション!!」
おもちゃを意味する「TOY」と一瞬迷ったけど、こっちの方が大人びている気がする。
本当のことだ。英国で買った正真正銘のレプリカ銃だもん。なんか17~19世紀くらいに使われていそうな銃身が長いやつだもん。弾の射出はできないやつだもん。
マダムは疑わしげに迫る。荷物を開けてみろと命じる。
イミテーション、イミテーションと繰り返し、へこへこアセアセしながら鍵を回し、トランクを開いた。
中には紅茶とか変なぬいぐるみとか買い集めたおみやげがわらわらと詰め込まれている。服も雑多に押し込まれている。
マダムもお兄さんもCAさんもみんな見守ってる。なんという羞恥プレイ。
中から該当の品を掘り起こし、どうにか取り出す。
ブツは箱に納められているのだが、箱の外側はビニールテープでぎっちぎちに巻かれ封じられていた。
うん、知ってた。家に帰るまで開けられないようにってお店のおにーさんがぐっるぐるに梱包するのを見てた。イミテーションとはいえ見ため的には銃だからね、配慮大事だね。
泣きそうになりながらビニールをはがそうとするも全然取れやしない。
焦るほど手がおぼつかなくなり、とうとう業を煮やしたゴツイ兄さんが手伝ってくれる。
ビリッビリッとパワーでもって乱雑に開けていく。あああ、もそっと丁重に扱って……
ついに開け放たれた箱から出てきたのはまごうことなき銃。
ちょっとざわつくマダムと銃を持った兄さんたち。
ひたすらイミテーション、イミテーション繰り返す自分。
ほら、引鉄ひいてみたら分かるから~とか思って構えようとしたら兄さんに取りあげられた。
そりゃそうだ。本物だったらどうすんだって話ですよね!(テヘ)
兄さんがチェックしてレプリカと確認がとれると、ようやく返してもらえた。
没収されなくてとりあえず一安心。
なんとなく流れる解決ムードにようやく平静さが復活していく。
そそくさとブツしまい、荷物を押し込み、なかなか閉じ切らないトランクの蓋を渾身の力で押し付けた。
気を取り直して、なるべく神妙な顔と稚拙な英語で謝罪。
や、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだったけどそれを言葉にする術がなかったのです。
もう開放してもらえるかなと、愛想笑いを浮かべながらいそいそと機内に戻ろうとしたところ、目の前に伸びてくる腕。肩がびくっと震え、あっさり壁際に追い詰められてしまう。
人生初の壁ドンは、英国マダムからでした。
しかもガチ詰め。目がマジのマジ。
「あなたねえ、これは絶対にしてはいけないことよ」云々こんこんとお説教。
ええ、全くその通りでございます…
色んな人に迷惑と手間をかけてしまってますからね…
心臓ドキドキ。
これは恋? いいえ。いたたまれなさです。

その後、どうにかこうにか座席に戻り、無事日本へと帰国することができました。
旅行は最後の最後まで気が抜けないと身をもって実感した次第です。


ちなみに、銃はヨークで購入しました。
Bettys Café Tea Roomsでアフタヌーンティーして、ヨーク大聖堂までぶらついてみるか、とストーンゲートを歩いている時にみつけたYork Armouryちゅうお店でつい買ってしまったのです。
(フリントロックピストルというやつらしい)
行程の前半で購入したため、ずっとイミテーション銃とともに英国各地へと旅していたことになりますね。
ヨークはとても良い街だったので、また訪れたいところです。

 

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問題のブツ

人物の書き込みの密度について

メインキャラの初めての登場のさせ方というのはとても大事。
それがどんなキャラなのかというイメージ想起を視聴者にさせなければならない。
(そのイメージを後々裏切るプランだろうと、何にせよ印象が薄かったり、他のキャラと画一的ではだめなのです)

で、大河ドラマ麒麟がくる」の藤吉郎(もちろん後の豊臣秀吉で、今回の主人公・明智光秀に最後に立ちはだかる予定の人物)の記念すべき初登場シーンでいえば。(12話)

1)男の東庵先生は無視で駒ちゃんとだけ話をする→女好きそう
2)売り物として背負っているのが穴の開いた瓢箪とかガラクタばっかり→でも口八丁で売りつけて銭を稼いでいそう
3)売り物の荷をぞんざいに下ろす→この商売に対して思い入れは全然なさそう
4)出世のためにも文字を学ぶという行動+「一旗揚げる」という台詞→野心家そう
5)字が読めない→武士とかではなく貧しい出らしい ※ほとんどの人は前提として知っていることかもしれないけど、たとえ知らない人にでも想像できるの大事
6)でも書いてある内容はすぐ理解する→頭はよさそう
7)尾張の世情、今川家の政治的意図、一帯の勢力関係を把握している→情報力が高そう+情報からの判断力も高そう
8)初対面の相手とも距離をつめてしまう話術と人好きのする見た目→愛嬌と人懐こさがありそう
9)「猿」の姿と鳴き声→将来の提示(ちょっとあざといとも思いましたが)

という情報を数分のうちに提示し(読解力が高い人はもっと情報を読み取っているかも)、人物像と「こいつはただ者ではないぞ」という印象を植え付けてくれる。
それをやってのける、脚本/役者/小道具や衣装 が凄いな~と感服してしまったので覚書として記した次第です。

逆に、これ位できているのが良作といわれる作品では当たり前なのかもしれない。
視聴者が見えるところに公正に提示される情報量が多い作品。(知識がなくても感じ取れる類の情報といいますか)
とすると、そんなドラマを毎週観られる視聴者は幸福です。

14話では、藤吉郎さんの
10)地に這うときの表情→恨みや憎しみをパワーに変えるタイプ+恨みはずっと忘れないタイプそう
という人物像も提示されてきたようなので今度が楽しみです。

ちなみに、14話では深芳野さんがああいう最期となってしまいましたが、ずっと精神的に「不安定」そうな人だなあと印象を抱いてきたので、すんなり納得してしまいました。
当初からちゃんと匂わせてきた演出プランと演技プランが素晴らしいですよね。

 

視線で人が殺せるタイプ